お米が足りなくなったのは、なぜ?|食べるんだから知っときたい

「食べるんだから知っときたい」は、食べることに関連して「聞いたことはあるけれど、よくわかっていないこと」や「とても身近な問題なのに、ふだんは意識していないこと」について、専門家の方にわかりやすく解説していただく連載です。

「うかたま」77号(2025年冬号) 掲載

Q. 2024年は、「令和の米騒動」とたびたび米不足が話題になりました。
いつも生協で注文しているのですが、急に「抽選販売」になり、困りました。
秋になってもお米の値段は高いままで、生活者としては苦しいところですが、
米農家には、それが還元されているのでしょうか?
結局何が原因だったのか、いち消費者の自分にもできることはあるのか、知りたいです。

答える人=鴫谷幸彦

青年海外協力隊、出版社勤務を経て、2012年新潟県上越市の山間集落に移住。夫婦で「たましぎ農園」を経営。水稲を中心に、小麦、大豆、雑穀、野菜など栽培。

レアケースではない

 香りがよく、つやつやで甘くて、お米が主食の国でよかったなーとしみじみ思う秋です。
でも私たち米農家は、秋から新米を食べるということはしません。前年のお米を食べ終わらない限り新米には手をつけないのです。
秋は収穫に安堵あんどする瞬間ですが、自然相手の農業ですから、来年もお米がとれる保証はないので新米をなるべく遅く食べ始め、翌秋までどれだけ残せるか、生きるための農家の備蓄習慣です。

 しかし2024年の秋は前年のお米がほとんど残らず、新米をいただいています。お米の在庫が少なめだったところに夏から急に注文が増え、一気に在庫がなくなったからです。

 さまざまな原因が報道されましたが、実感から言えば、令和5年産のお米は精米すると歩留まりが極端に悪かったことは確かです。
とくに私が暮らす新潟では記録的猛暑により粒が白くなる乳白米や、粒にひびが入る胴割米が多い年でした。こういうお米は砕けやすく、実際米ぬかの量が通常の1.5~2倍に増えました。これでは例年通りの量を確保していても、減りが早いわけです。

 政府は今回の騒動でも、「お米は足りている」とし、市場原理をゆがめるからと備蓄米を放出しませんでした。「令和の米騒動」と呼ばれる今回の米不足、「令和の」なんてネーミングで大丈夫でしょうか。数十年に1度のレアケースならいいのですが、来年もまた、その先も米不足が頻発するのではないかと心配しています。

米不足の根本的な原因は

 国内のお米の需要は年々減り続けています。米余りとならないよう供給量も減らしてバランスをとる生産調整が行なわれてきました。この生産調整が今回の騒動の原因だと指摘する声があります※1。

※1 米の生産調整とは、米価の安定や米需給の均衡を図るため、米の生産量を調整する国の政策。今回の騒動では、米の自給率おおむね100%というギリギリの供給量では、ちょっとした要因で不足を引き起こすのではないかと懸念された。

しかし近年は、つくれるのにつくらせないのではなく、農家の激減により必要量すらつくれないという危機的状況にあることをまず知ってほしいです。

 私が暮らす上越市の山間部では米農家は80代が中心です。少し下がった平野部でも70代が中心です。集落営農でも高齢化が深刻で、農業法人では若い従業員が定着せず人手不足が常態化しています。
お米の品質を落とさないよう、猛暑の中、細かい管理に駆け回る高齢農家を見ると心が締め付けられます。命の危険を冒して米づくりをしているからです。

 「米づくりは儲からない」といいながらも手を抜かない彼らの働きぶりには尊敬の念しかありません。
米不足の原因は、農家が圧倒的に少なく、高齢化が深刻だからです。

1㎏600円は高いか

 新米が出回ってからも、スーパーなどの小売価格は1㎏600円のままのようです。この価格、我が家が10年前に決めたお米の直販価格と同じです。1㎏600円は高いでしょうか?
今まで300~400円で買っていたのが急に600円になれば高いと感じるのは当然です。しかし我が家のお米の価格には合理的理由があります。

 家族が暮らすために必要な400万円を稼ぐために、1年間で農作業に従事可能な2000時間で割ると時給が出ます。米づくりにかかる田んぼ10a当たり費用と労働時間(我が家は山間地で小さくて形の悪い田んぼが多い)を出し、費用に労働時間×時給を足して、それを10aから収穫できるお米の量で割り、不作の年の保証や設備投資を考えて利益率をかけまして…、結果は1㎏600円。高いも安いもなく、この価格でなければ私たちは暮らしていけません。直接販売だからこの価格でもやっていけますが、市場流通の場合、農家が農協や卸に出荷する価格は約半分です。また近年は肥料や農薬、燃料など生産資材の価格上昇が止まりません。令和6年産米は農協出荷でも前年比で3割ほど上がりましたが、これまで回収できずにいた経費上昇分を補う程度にしかならず、農家の手取りが増えるには及びません。

農家の顔が見えるご飯を食べよう

 1㎏のお米は茶碗13.5杯分になるので、1㎏600円だと1杯44円です。
自分でお米を炊き、お味噌汁とおかずをつくってみてください。安価で栄養バランスのいい食事がとれるだけでなく、不思議と心が整うはずです。しばらくお米の注文が途絶えていたお客さんから、久しぶりの注文があり「暮らしがバタついていて、お米を炊く気になれなかったけれど、少し落ち着きお米を炊いてみたくなりました」とありました。都会の暮らしでは、ご飯を炊くという行為すらしんどく感じることがあると、かつての都会暮らしを思い出して納得しました。でも私は、お米を炊ける暮らしを続ければ、都会とて心穏やかに過ごせると思います。

 よく「農家の顔が見える農産物」というフレーズがありますが、果たして消費者には農家の顔が見えていますか? 農家が日々何をし、何を考えているか想像がつきますか?
農家が激減し、かつてのように親戚に農家がいた時代はとうの昔。たぶん農家の顔も仕事も気持ちも見えなくなっていると思います。でも農家には、消費者の顔が見えています。具体的な誰かの顔を思い浮かべて、日々の食生活を心配しています。暮らしと心が整っているかと呼びかけています。無理してはいませんか。ちゃんとご飯を食べて、元気出しなさいと。

 農家は自然の変化を敏感に感じながら、自然とともに生きてきました。だから米不足にいちいち驚きません。
ただし市場原理や自由貿易により供給が不安定になることには強い懸念があります。戦争や環境破壊が原因ならわかりやすいのですが、一部の大企業が食糧の流通を握ることで起こる価格操作や、食糧が投機の対象になることのリスクは、自然よりも厄介で、どうすることもできません。

 食料自給率38%という数字を心配する消費者は少なくないはずです。その原因は政治の在り方にもよりますが、いちばん大切なことは「自炊率」だと私は思います。外食や加工食品ではなく、自炊の機会を増やしてください。心と体が整うのはもちろん、食材に興味が出てきます。産地や旬、食品ロス、流通の問題、そしてやがて農家の想いにまで関心が生まれるはずです。

 国がのたまう「食料安全保障」や「食料自給率」ではなく、一人ひとりの自炊から考えないと、本当の食料主権は守れないのではないでしょうか。