
宮城県の旧鳴子町(現大崎市)では、標高が高く寒冷な地域でも育つ「ゆきむすび」というお米がつくられています。お米を買い支える“食べ手”と“つくり手”である農家が手を結び、山間の田んぼでの米づくりが20年間続いています。
市場に左右されない米の値段とは? 農家だけでなく、行政職員・鳴子温泉関係者などの地域住民が一丸となって立ち上げた「鳴子の米プロジェクト」20年の実践をまとめた『つながるごはん つくり手と食べ手をむすぶ鳴子の米』が出版されました。
協力=NPO法人鳴子の米プロジェクト、写真=寺澤太郎、 文=編集部
「うかたま」81号(2026年冬号)掲載

2025年12月10日発売
定価1760円(税込)
毎日食べあきないおむすびを
最初の年にとれた貴重な米を、どうしたらおいしく食べられるか。農家を中心に、鳴子温泉の旅館の女将さんたちも加わり、炊飯実験などを繰り返して、通常の水分の10~15%減という数値を出した。そのお米のお披露目の場「春の鄙(ひな)の祭り」では、さまざまなおむすびを展示した。その数なんと100種類。海苔で巻いたおむすびだけではなく、昔から鳴子で食べられていた味噌をぬっただけ、しょうがの炊き込み飯などのおむすびも並んだ。米の食べ方を考えるなかで、地域の伝統食の発掘にもつながり、それらが、今の「むすびや」のメニューの土台になっている。
最近は、変わり種が流行っている。「私たちもいろいろ試食してみたけれど、こういうおむすびを毎日食べたいかというと、そうではない。うちは食べあきないのが大事」と伊藤さん。「むすびや」のおむすびはお米が主役だからシンプルでいいという。そういい切れるのは、みんなが育ててくれた「ゆきむすび」というお米への信頼、先輩方から伝えられてきた、米の炊き方やにぎり方の技術があるからだ。
残していきたい 杭掛けのある田んぼの風景
9月下旬の土曜日、中山平の田んぼには多くの人が集まった。稲刈り交流会は、「ゆきむすび」の“食べ手”と、栽培している“つくり手”の農家が一緒に作業し、交流する場だ。「むすびや」のおむすびがきっかけで参加した人、子どもに稲刈りを体験させたい親子連れ、保育士になる学生を教える短大の先生、このプロジェクトを調査研究中の大学生など、食べ手側の参加者は幅広い。
作業の前に、農家から鎌の使い方、刈った稲の結わえ方などを教えてもらう。ここでは昔ながらの米づくりを体験してもらおうと、すべて手作業。体験用に残した稲を刈り、結わえた稲をみんなで運び、田んぼにさしてある杭に掛けた“杭掛け”で乾燥させる。

コンバインなら、刈って脱穀するまで一気にできる。でも、このプロジェクトでは、杭掛けの風景そのものも残したいと考えている。だから食べ手には体験して作業の大変さも知ってもらい、杭掛けとコンバインでは値段に差をつけて販売しているのだ。

作業のあとの休憩、小昼(こびる)で食べるのは、もちろん、「むすびや」のおむすび弁当。畦に座ると、山から吹いてくる風が心地よい。ボリュームたっぷりの弁当も、体を動かしたせいか、ぺろりとたいらげてしまった。
この値段の背景にあるもの
つくり手の1人、上野滝人さんは、2022年に新規就農したばかり。今年は父親から全部の田んぼをまかされた。妻の美歩さんは普段は会社勤めで休日は農作業を手伝っている。今回の米騒動についてこう話してくれた。
「生産者の家族としては、肥料や機械の値上がり、毎日の水管理などを考えると、米の値段は上がらないとやってられない。でも、子を持つ親としてスーパーなどで見ると、今のお米は高い!と思ってしまいます」
現在、つくり手の農家は10軒、作付面積は16反。基本は予約販売で、およそ700軒の食べ手に支えられている。こうした仕組みは、CSA(地域支援型農業)といわれる。食べ手がつくり手と直接契約して先払いで農産物を買い取る産消提携で、持続可能な農業を実現するための仕組みとして注目されている。ただ、2025年は米騒動の関係で事前予約が難しく、秋に情勢を見ながら販売価格を決めた。コンバインで収穫したものは玄米で5kg4000円、杭掛けは5000円で、既に完売している。
参加者からは、「農家も田んぼも減っている。でも、今、自分は“買う”しかできない。だから、ここのお米を買って、来年も交流会に参加します」「こうやってお米になるまでの作業を知ると、今の米高騰の見方が変わるんじゃないかな。何にお金を払っているのか考えるきっかけになります」といった声も聞かれた。
単に高い安いではなく、その値段の意味を知って、ご飯を食べる。つくり手と食べ手のつながりがあったから、鳴子の米づくりがここまで続けられた。杭掛けの風景を見ながら、畦に座ってほお張る「むすびや」のおむすび。来年も再来年も同じように食べられますように。
山のお米でつくるおむすび|前編

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